執筆が暫く滞ってしまった.本稿を書き始めたそもそもの目的は,数学が物理学におこした奇跡を,今度はデザインにおこせないものかと,思索するためである.それは無謀な試みかもしれない.けれども,僕はどうしても取り組まざるを得ない.
一つの道標は,とある記号のデザインが数学に起こした奇跡である.数学にはデザインがある.逆は必ずしも真ならずであるが,それは逆が偽であることを要求しない.その記号に,このブログはいずれ触れるであろう.僕はその記号に触れるために,いま長々とテンソルについて触れている.
その記号については,リンクを張るにとどめておこう.
さて,執筆が暫く滞ってしまった理由であるが,前回ついうっかりと,運動方程式に触れてしまったことにある.運動方程式とは,速度の時間変化を扱うものであった.しかし,速度とは何だ?もちろん,変位(位置)の時間微分である.
ところが,我々が正しいと信じる特殊相対性理論によれば,変位はテンソルの第1成分,時刻はテンソルの第0成分(第4成分とする場合もある)なのである.なんてことだ.ベクトルのある成分を別の成分で微分するなんてことが,許されるのだろうか.
ベクトルから成分だけ取り出すことは,ほとんど無意味である.もし質点の運動を考えたいのなら,時空間の中の質点の軌跡を拘束する式を与えるべきではないか.あるいは,ラグランジュやハミルトンのように,相空間の中の軌跡を拘束すればよいではないか.実際,そうするほうが数学的には美しい.
それでも,我々は運動方程式を考えたい.運動方程式はガリレイ変換に対して不変であるが,ローレンツ変換に対しては不変ではない.その理由は,時間微分にある.時刻tはローレンツ変換に対して不変な量ではない.それは,テンソルの1成分にすぎないからである.
ここに,固有時という考え方を導入する.固有時とは,前回導入した不変量ds2に他ならない.正確にはs=∫dsなるsを固有時と呼ぶ.世界座標のノルムであるから,これはスカラーであることに間違いない.
これが時刻でよいのだろうか?座標系に対して静止している物体について考えると,その物体の時空内の位置は第0成分(時刻成分)だけが変化する.もちろんsはニュートンの絶対時間tと一致するから,これは固有時と呼んでよさそうである.
では速度v0で動く座標系の時計は,静止座標系からはどのように見えるだろうか.ローレンツ変換によると,時刻成分は1/√(1-v02)だけ進むのが遅れる.時計は遅れるものだという考えに従えば,これを固有時と呼ぶことに抵抗は無かろう.世界座標xiを固有時sで微分したものは,固有速度と呼ばれる.固有速度をuiであらわそう.
固有速度の第0成分(時刻成分)が何を意味するのか,僕にはわからない.それは,ただのローレンツ因子1/√(1-v02)である.ただし,固有速度はローレンツ変換に従う.固有速度は,おそらくは数学上の便宜でこそ考えられる量なのだろう.
固有速度uiに,質量mを掛けたものは,固有運動量とは言わずに4元運動量と呼ぶ.これは一般にpiという記号で表す.(固有速度のほうは4元速度とも言う.)4元運動量の空間成分は,ニュートン力学で言う運動量にローレンツ因子を掛けたものである.静止座標系(絶対空間という意味ではなく,質点が静止しているように特別に選んだ座標系)ではローレンツ因子は単に1である.面白いのは4元運動量の第0成分(時間成分)である.これは単に質量mである.4元運動量の第0成分は物理的に何の意味があるのだろうか.
4元速度と違って,これには明確な解答がある.その証明はおそらくは次回に見てみるとして,結論を言う.4元運動量の第0成分は,エネルギである.すなわち,E=mである.あるいは,より一般的な単位系を採用すれば,
これが,ローレンツ変換(特殊相対性理論)から導かれる,最も有名な結論である.